あなたは顔面神経麻痺になって、涙が常にこぼれ落ちる。それから逆にドライアイになって困っている。こういう経験をしていませんか。どうして顔面神経麻痺になったのに涙が出るんだろう、どうしてドライアイになるんだろう、と不思議に思われている方がいらっしゃると思います。今日はその理由と、鍼灸ではどのように考えていくかについて説明をしたいと思います。
まず、顔面神経は表情筋を動かす神経です。口や眉やまぶたを動かすときに働いています。しかしそれだけではありません。顔面神経から分枝している大錐体神経という神経(副交感神経の線維を含む)が、涙の量の調節に関わっています。ですから、顔面神経麻痺に罹患すると、この涙の調節にも影響が出ることがあります。その結果、涙が出すぎることもあれば、逆に涙が出にくくなる(ドライアイ)こともあるのです。
もう少し具体的にお話します。涙がこぼれやすい理由は二つあります。ひとつは「まばたきのポンプ機能が弱くなる」ことです。下まぶたの涙点から鼻へ涙を押し流すしくみは、眼輪筋がしっかり閉じることで働きますが、顔面神経麻痺ではこの筋肉が弱くなり、涙が目の表面に滞り、外へこぼれやすくなります。もうひとつは「分泌の調節が乱れる」ことです。先ほどの大錐体神経の働きが乱れると、刺激に対して涙が出過ぎたり、反対に出にくくなったりします。さらに回復過程で神経が再生するときに配線が誤ってしまい、食事のときに涙が出る**“ワニの涙(味覚性流涙)”**という現象が起きる方もいます。
反対にドライアイが強く出る方もいます。これも理由は二つで、ひとつは「閉眼が不十分(夜間も目が閉じ切らない)」ために角膜の表面が乾きやすいこと。もうひとつはやはり「分泌の低下」です。涙が少ないと、ヒリヒリ・ゴロゴロ・光がまぶしい・見えにくい、といった不快が続きます。炎症(結膜炎や角膜障害)を起こすこともあります。
では、こうした症状に対して鍼灸ではどう考えるか。私たちは、眼の周囲・側頭部・頸肩部の筋緊張のアンバランスを整え、血流や自律神経のバランスをととのえることを目的に、弱めの刺激を基本に施術を組み立てます。とくに眼輪筋や側頭筋、胸鎖乳突筋、僧帽筋上部などの状態をみながら、顔面神経の走行と関連する経絡のポイントを選びます。状態に応じて、刺激は不安のない範囲で短時間から始め、反応を確認しながら調整していきます。
日常でできる工夫もいくつかあります。
・日中は人工涙液(防腐剤なし)を医師と相談のうえで適切に使う。
・加湿、向かい風を避ける(自転車・扇風機・エアコン直風)。
・画面作業は20分ごとに休憩し、意識的にゆっくり瞬きをする。
・外出時はサングラスや眼鏡で刺激を減らす。
こうした小さな工夫の積み重ねが、涙のこぼれや乾きの不快をやわらげます。
もちろん、鍼灸だけでなく眼科の診察も大切です。強い痛み、急なかすみ、赤みや膿のような分泌、光を見ると痛い、異物感が強いなどがあれば、まず眼科を受診してください。角膜に傷ができると悪化が早いことがあります。顔面神経麻痺の評価(たとえば柳原法など)の経過と合わせて、眼の表面の状態を医療機関で確認してもらうと安心です。
まとめます。顔面神経麻痺で涙が多くなることも、逆にドライアイになることもあります。その背景には、まばたきのポンプ機能と涙の分泌調節(大錐体神経)の二つの問題が関わっています。鍼灸では、筋緊張と血流、自律神経のバランスを整える視点から、やさしい刺激とセルフケアを組み合わせてサポートします。症状には個人差がありますが、「なぜ起きているのか」を理解し、できることから一歩ずつ整えていくことが、回復期の不安を減らす近道だと思います。ご不安が強い方は、まずは説明だけのご相談でも大丈夫です。あなたの今の状態と生活の工夫を、一緒に整理していきましょう。
※施術の感じ方・経過には個人差があります。眼の症状が強い場合は眼科での診察を優先してください。







