脳梗塞は、脳の血管が詰まり、その先の神経細胞に十分な酸素や栄養が届かなくなる病気です。急性期を脱して一命を取り留めても、後遺症としてさまざまな症状が残ることがあります。その一つが「めまい」です。脳梗塞後のめまいは生活の質を大きく低下させるため、多くの患者さんが改善策を求めています。今回は、西洋医学的に脳梗塞後遺症でなぜめまいが起こるのかを解説し、あわせて鍼灸治療の可能性について考えていきます。
脳梗塞後遺症としてのめまいの特徴
めまいと一口に言っても、その感じ方は人によって異なります。
- 周囲がぐるぐる回る「回転性めまい」
- ふらふらして真っ直ぐに歩けない「動揺性めまい」
- 立ちくらみのように一瞬クラッとする「浮動感」
脳梗塞後のめまいは、単なる耳の異常だけでなく、中枢神経のダメージが関与するため、複雑で長引きやすいのが特徴です。
西洋医学的にめまいが起こる理由
① 小脳や脳幹の障害
脳梗塞で小脳や脳幹がダメージを受けると、平衡感覚に関わる神経回路が障害されます。小脳は身体のバランスや運動の調整を司り、脳幹には前庭神経核という「平衡の中枢」が存在します。ここに血流障害が起きると、体の傾きや頭の動きを正しく感知できなくなり、強いめまいが生じるのです。
② 内耳への血流不足
めまいの多くは耳の奥にある前庭器官(内耳)と関連しています。脳梗塞の影響で椎骨動脈や脳底動脈の血流が悪くなると、内耳に十分な酸素が行き渡らず、めまい・耳鳴り・難聴が出やすくなります。
③ 片麻痺や筋緊張による影響
脳梗塞後は片側の手足や体幹に麻痺や筋緊張が残ることがあります。そのアンバランスが姿勢の維持を難しくし、めまい感やふらつきを強める要因となります。特に首や肩の筋肉がこわばると、頸動脈の血流や神経伝達に影響し、めまいを悪化させるケースもあります。
④ 自律神経の乱れ
脳梗塞のダメージや長期の闘病生活によるストレスは、自律神経系のバランスを崩します。交感神経と副交感神経がうまく切り替わらなくなることで、血圧の変動や循環不良が起こり、立ちくらみやふらつきを感じやすくなります。
⑤ 心理的要因
脳梗塞を経験した方は「再発への不安」を常に抱えています。その緊張や不安がさらに自律神経を乱し、実際の身体症状としてめまいを悪化させることも少なくありません。
脳梗塞後遺症のめまい改善症例
女性 40代
主訴 回転性めまい(車に乗車時 めまいがひどくなる)眼振やふらつきによる歩行困難(真っ直ぐ歩けない)浮遊感
既往歴
30代に脳梗塞 発症 。
現病歴
脳梗塞を再発し、3カ月半病院に入院しました。左半身の運動麻痺は改善したものの、平行感覚の失調によりまっすぐに歩行する事が困難で、歩行時右の方向にずれてしまうとの事。さらに家族が運転する車に乗ると回転性のめまいがする。立っているだけでめまいがする時もあり日常生活に支障をきたしています。眼振は常にあります。
第1回施術 某年年9月16日
病院を退院後に当治療院に来院されました。まず経絡治療を行った後に、YNS頭皮鍼第8脳神経 の刺鍼 側頭部めまい点 外後頭隆起から天柱にかけての頭皮鍼を行いました。(小脳の病変による歩行困難の場合後頭部の頭皮鍼が有効な場合があります)奇経治療は帯脈で施術を行いました。さらに天柱 風池 完骨 えいめい 天ゆう付近に硬結があるため3番鍼にて刺鍼し10分置鍼しました。
第2回 9月22日
眼振とめまいに変化なし。
経絡治療は前回と同じ。眼振の治療を奇経治療の陰きょう脈で行いましたが、眼振変わらないために、陽きょう脈で施術を行ったところ、眼振が半分になりました。奇経治療以外は前回と同じ。
第4回 10月7日
眼振が改善していますが、歩行時のふらつきは変わらず。しかし車に乗ってからの、めまいが開始する時間が遅くなったとの事です。
第8 回 10月25日
眼振はほとんど改善したが、ふらつきやめまいは変わらず。鍼治療と奇経治療の陽維脈 を行ったが、ふらつきは変わりませんでした。
第10回 11月4日
ふらつき変わらず。経絡治療は肝虚肺実で治療。奇経治療は 陰きょう脈で試みるもふらつき変わらず。頭皮針や手足のツボは第1回と同じ。
第11回 11月8日
ご自身はふらつきが改善したと、自覚はないが一緒に住んでいる妹さんからふらつきが改善したと言われたとのこと。めまい改善のため、奇経治療 は中止とし二脈治療の厥陰脈 で行い、施術後立ち上がってもらったところ、めまいやふらつきが少し改善したとの事。
第12回 11月8日
めまいやふらつきは二脈治療後に緩和し一人で車を運転する事が出来るようになったと喜んでくださった。二脈治療は前回と同じ厥陰脈 で行い、経絡治療は肝虚肺実で行った。頭皮針や手足のツボは第一回と同じ。
第16回 11月25日
めまい、ふらつきの症状は緩和している。治療院から帰る時にまっすぐ歩いて帰れる。
第21回 12月22日
体調が良い。経絡治療は肝実で治療。二脈治療は厥陰脈 で引き続き行った。頭皮針は側頭部のめまい点 第8脳神経に行った。この10日間でめまいは1回だけあった。
第30回 新年2月15日
めまいは、たまにあるがほとんどなし。車中で浮遊感あるがめまいなし。めまいが緩和したので二脈治療は中止した。
同年3月現在、患者様は1カ月に3回メンテナンスに通っているが、めまいや歩行時のふらつきは再発していない。お風呂の掃除や自分自身で車を運転し、買い物や病院にも行けるようになり、お料理も作れるようになったとの事です。
この症例は脳梗塞発症後に発生しためまいであり、当初鍼灸では難治性の症状であると考えておりましたが、鍼灸と二脈治療を併用することにより症状が緩和した症例になります。
(症状改善には個人差があります)
鍼灸治療がめまいに働きかける可能性
西洋医学では、脳梗塞後遺症のめまいに対して主に薬物療法(循環改善薬・抗めまい薬・抗不安薬など)やリハビリが行われます。しかし薬で十分に改善しない例も多く、補完代替医療として鍼灸が注目されています。
血流改善
鍼灸刺激は局所および全身の血流を促進します。特に頭部や頸部の循環が改善されることで、小脳・脳幹・内耳への血流不足が緩和され、めまいの軽減が期待できます。
自律神経の調整
内関(手首内側)、百会(頭頂部)、風池(後頭部)などのツボを用いることで、自律神経のバランスが整いやすくなり、血圧の変動や不安感が軽減されます。
筋緊張の緩和
首・肩・背中の筋肉を緩めることで、頸部の血流改善や神経伝達の安定化につながり、めまい感やふらつきの改善を助けます。
全身調整
東洋医学では「めまい」を肝・腎・気血水の乱れとして捉えます。鍼灸は単なる症状の抑制だけでなく、体全体のバランスを整えることで再発予防にも役立つ可能性があります。
奇経治療二脈治療
奇経治療と二脈治療はまだ日本に普及していない治療方法です。めまいの症状を訴える患者様に、鍼治療とともに奇経治療や二脈治療を加えることにより、めまいの症状緩和を早めることができる場合があります。(個人差はあります)

鍼灸を受ける際の注意点
- 急性期(発症直後)は鍼灸ではなく必ず病院での治療が優先されます。
- 抗凝固剤や抗血小板薬を服用している場合は内出血のリスクがあるため、施術前に必ず鍼灸師に伝える必要があります。
もし凝固薬や抗血小板薬を服用している場合、鍼治療は細い針を使い浅く針を打つ必要があります。
- 鍼灸治療はあくまでも、医師の診断・リハビリとの併用が基本です。
まとめ
脳梗塞後遺症によるめまいは、小脳・脳幹の障害、内耳の血流不足、筋緊張や自律神経の乱れなど、複数の要因が重なって起こります。薬やリハビリだけでは十分に改善しないケースも多く、鍼灸治療は血流改善や自律神経調整、筋緊張の緩和といった多角的な働きかけにより、症状の軽減をサポートできる可能性があります。
