顔面神経麻痺を発症すると、「口角が下がった」「上唇が持ち上がりにくい」「笑ったときに口元の左右差が目立つ」といった症状がみられることがあります。

前回は、顔面神経麻痺によって大頬骨筋や小頬骨筋の働きが低下すると、頬や口角を十分に引き上げにくくなり、口元の左右差につながる可能性があることをお伝えしました。
今回は、口元の動きに関係するもう一つの重要な表情筋である「上唇鼻翼挙筋」についてお話しします。
上唇鼻翼挙筋とはどのような筋肉?

上唇鼻翼挙筋は、上顎骨の前頭突起付近から起こり、鼻翼や上唇に向かって縦方向に走行している細長い表情筋です。
主な働きは、上唇を引き上げることです。
笑ったときや鼻の脇を引き上げるような表情を作る際に働き、口元から鼻の周囲にかけての表情形成に関与しています。
上唇鼻翼挙筋も顔面神経の支配を受けています。そのため、顔面神経麻痺によって神経から筋肉への指令が十分に伝わりにくくなると、上唇を引き上げる働きが低下し、患側の上唇が下がって見えたり、笑ったときの口元の左右差が強くなったりする可能性があります。
ハワイでの解剖実習で実際に観察した上唇鼻翼挙筋
私は以前、米国ハワイで解剖実習に参加し、実際に人体の表情筋を観察する機会がありました。
その際、上唇鼻翼挙筋も実際に確認しました。
教科書やイラストで見る印象よりもしっかりとした筋肉で、ある程度の幅と厚みを持っていることが印象に残りました。
実際の筋肉を観察したことで、上唇鼻翼挙筋は、上唇や鼻翼を引き上げるうえで重要な役割を担っている筋肉の一つではないかと、改めて考えるようになりました。
顔面神経麻痺と上唇鼻翼挙筋への鍼灸施術
当院では、顔面神経麻痺によって口元の下垂や左右差が強く残っている場合、大頬骨筋や小頬骨筋だけでなく、上唇鼻翼挙筋の動きについても確認しています。
これまで、大頬骨筋や小頬骨筋を中心とした施術を行っても、上唇や口元の動きに十分な変化がみられにくかった患者様に対して、上唇鼻翼挙筋を含めて施術を組み立てたところ、その後、上唇の挙上や口元の左右差に変化がみられた症例を経験しています。
特に、患側の上唇が大きく下がり、口元の左右差が強くみられる場合には、上唇鼻翼挙筋も施術対象として検討することが重要ではないかと、私は臨床経験から考えています。
もちろん、顔面神経麻痺の程度、神経障害の状態、発症からの期間などには個人差があります。そのため、同じ施術を行えばすべての方に同様の変化がみられるわけではありません。
顔面神経麻痺の口元への鍼灸施術では、一つの筋肉だけを見るのではなく、大頬骨筋、小頬骨筋、上唇鼻翼挙筋など、それぞれの表情筋の動きを確認しながら総合的に施術を組み立てることが大切だと考えています。しかし、上唇鼻翼挙筋に一般的な方法で刺鍼するだけでは、口唇の挙上が十分に得られにくい場合があります。そこで私は、より効果的に筋へアプローチすることを目的として、新たな刺鍼方法を考案しました。
この施術方法を取り入れた患者様からは、「口唇が上がりやすくなった」「左右差が以前より気にならなくなった」など、症状の改善を実感したという声を多くいただいています。
顔面神経麻痺の鍼灸治療をより詳しく知りたい方へ
顔面神経麻痺では、同じように「口角や口唇が下がっている」ように見えても、どの表情筋の働きが低下しているかによって、症状の現れ方は異なります。
当院では、それぞれの表情筋の動きを確認し、その方の状態に合わせて施術方法を検討しています。
今回ご紹介した上唇鼻翼挙筋を含む顔面神経麻痺への鍼灸施術については、今後出版を予定している専門書『顔面神経麻痺の鍼灸治療』でも、解剖学的な位置や施術の考え方について、より詳しく解説する予定です。
顔面神経麻痺の治療に携わる鍼灸師の方々、医師をはじめとする医療従事者の方々にも、臨床を考えるうえで一つの参考としてお読みいただければ幸いです。
さらに2027年度より顔面神経麻痺の鍼灸治療のセミナーを開催することになりました。参加対象は医師や鍼灸師です。







